2018年06月21日(木) - 秋葉山下社から上社(往復)

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2018年06月13日(水) - 秋葉山下社から上社(往復)

2018年02月18日(日) - 秋葉山下社から上社(往復)



過去の記録
秋葉山(13)

2018年01月27日(土) - 平和から竜頭山(往復)


過去の記録
竜頭山(13)

2018年01月19日(金) - 早川沢から秋葉山を経て瀬尻


過去の記録
秋葉山(12)

2017年06月14日(水) - 秋葉山下社から上社(往復)

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左:灰縄、ボンジ、京丸、鋸、高塚
右:夕日峠、鳥井沢、春埜山
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左:三尺坊
右:コアジサイ?
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左:着いた~!
右:1年ぶり

17:27 ┏坂下(142.5m)
17:41 ┃海抜318m
17:46 ┃海抜400m
17:55 ┃海抜500m
18:09 ┃海抜600m
18:17 ┃海抜700m
18:28 ┃海抜800m
18:31 ┃三尺坊
18:35 ┗秋葉山

18:39 ┏秋葉山
19:20 ┗坂下

登り 1:08
下り 0:41
標高差 742.5m

過去の記録
2017年06月14日(水) - 秋葉山下社から上社(往復)
2016年06月15日(水) - 秋葉山下社から上社(往復)
2016年06月08日(水) - 秋葉山下社から上社(往復)-----10回
2015年11月07日(土) - 早川沢橋から秋葉山(往復)
2015年06月22日(月) - 秋葉山下社から上社(往復)
2014年01月11日(土) - 早川沢橋から秋葉山、畑木(周回)
2013年12月29日(日) - 瀬尻から△941.0m、秋葉山(885m)
2013年05月07日(火) - 秋葉山下社から三尺坊(往復)
2012年03月11日(日) - 秋葉山下社から上社(往復)
2011年11月12日(土) - 戸倉谷(150m)から秋葉山(885m)往復
2009年05月23日(土) - 秋葉山(885m)
2008年11月30日(日) - 戸倉谷(150m)から秋葉山(885m)往復

2017年05月24日(水) - 横川から光明山遺跡(往復)

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左:昨年の5/25、6/1以来1年ぶりの光明山遺跡でしたがつい最近来たばかりな感じでした。
右:やけに石垣が立派に感じられました。
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左:今までは草がボーボーで隠れていたのかもしれません。
右:このあたりから雨がポツポツ降ってきました。
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左:花その1
右:花その2
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左:この丸太オブジェは初めて見ました。ここまで持ってくるのは大変だったと思います。
右:解説文がありました。
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左:手すり?が設置されてましたが、浜岡(源)発の標識は今なお健在でした。
右:126m--->489mで標高差360m

17:42 ┏登山口
18:26 ┗光明山遺跡

18:35 ┏光明山遺跡
19:06 ┗登山口

登り 0:44
下り 0:31

過去の記録
2017年05月24日(水) - 横川から光明山遺跡(往復)
2016年06月01日(水) - いっぷく処横川から光明山遺跡(往復)
2016年05月25日(水) - いっぷく処横川から光明山遺跡(往復)
2010年11月13日(土) - 林道光明沢線から光明山(539m)
2009年07月04日(土) - 光明山遺跡(489m)
2009年01月11日(日) - 光明山 (539.7m)

2017年05月06日(水) - 塩の道(城西から瀬尻)22.5km

塩の道(現在地)
松島(城西)--切開--島--横吹--立原--間庄--瀬戸--明光寺--西渡--舟戸--大滝--岩井戸--名古尾--大萩--舟代--日入沢--生島(瀬尻)

7:39瀬尻から遠鉄バス水窪行きに乗ると先客は1名、気さくな乗務員の方は我々にすぐ話しかけてきてくれた。どこまで行くの?え?城西?そこからわざわざ歩くの?後方に座ったため声が聞こえにくい事を心配してかマイクで話していただき恐縮でした。バスを降り、城西から破線路に取り付く予定だったが見当たらず城西駅前の御宅で道を尋ねるともう少し南下したところから取り付けば良く、以前バスで100人くらい来た事もあるという。言われた様にしばらく歩くと右上に登っていく藪っぽい道がある。その先の集落は切開と書いて「きいなま」と地形図にフリガナがある。ここでようやく秋葉道・塩の道踏査会(以下塩の道)のプレートを見つけた。そのそばに見慣れない「この先難路」の標識。民家の軒先を通って先に進むとザレた山道になり荒れた沢や倒木に苦労した。相月トンネルの真上から下を走るR152や飯田線が見えていつの間にかかなり高い場所を歩いている事を実感する。ここで飯田線が走ってきたら画的に最高だなと思ったが、そこを過ぎて数分後に列車の音。だいたいそんなモンですね。

それにしても何で昔の街道はこんな山の上を走っているのか。私の想像としては、生活に欠かせない飲み水はきれいな沢から汲む必要があり、水窪川近くの低地では家が洪水で流される恐れがあるため山肌に張り付くように家を建て、急斜面に畑を作った。その人たちが集落から集落へ移動するための道が出来、のちに物資移動で街道を歩く人もそこを歩き始めた・・・。

島集落の西を通過すると、ここにもこの先(切開への北上は)難路の標識があり、一般道への下降点がある。ここから歩きやすくなり廃屋の前を通過すると、路上に年代モノの物干し台が放置されている。地形図の相月トンネル南側付近で道路に出た。しばらく舗装道路を歩くと筍取りの方と会う。ここは自分の山との事。ここに来る手前、白い手すりの付いた小径があり、聞くと以前横吹地区は25軒あったが今は4軒になったそうだ。え?この斜面の上にまだ4軒も家があるの?

林道西渡線の標識がありしばらく舗装道路が続く。立原(たっぱら)の手前で塩の道標識は一旦道路の一段下の古道を歩かせ相月へ下ると思われる道と交わる。塩の道標識の赤矢印は道路の交差に対してどちらに進めば良いか?の表現が的確だがここの標識は分かりにくかった。舗装道路には上がらず立原の急斜面の茶畑の上を歩きながら民家わきから元の舗装道路に戻った。立原の沢に架かる橋には不動沢橋と刻まれている。家屋や車庫は道路の谷側斜面から高く伸ばした支柱の上に建てられており山間地ならではの風景。間庄地区に入ると道路から数十m上の斜面にある家の軒先に居たおじさんが手を振ってくれた。あそこは完全に車では入れない場所。プロパンガスのタンクが道路わきに設置されているのが面白い。中には完全に路上に置いてあるがこれも山間部ならではの光景といえる。(続く)

地形図」<---を開いて読んで頂くと分かりやすいと思います。


以下は今回のルートで眺望の良かった箇所での一枚です
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左:秋葉道・塩の道踏査研究会の道標とは別にこの様なルートもあった
右:その南側取り付きだが歩く人が居ないとみえて殆ど踏まれていなかった

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左:家まで車で入れないため道路わきにガス容器を設置している
右:道路わきのガードレールに括り付けている場合もある(山間部ならではの光景)
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左:ここは「あれ?」配管されていない
右:なるほど、これは空容器で、このモノラックで運ぶんですね

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左:天空の車庫(「強度計算?んなもの有る訳無いだろう」と言われそう・・・)
右:今流行のアクセルとブレーキの踏み間違えをやると相当危ない

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地形図
画像369枚

過去の記録(塩の道)
2017年05月06日(水) - 塩の道(城西から瀬尻)22.5km
2013年12月29日(日) - 瀬尻から△941.0m、秋葉山(885m)
2013年06月09日(日) - 塩の道から鬼面山
2010年04月18日(日) - 塩の道から鬼面山(1,889.3m)
2009年08月22日(土) - 平岡駅から熊伏山(2)
2009年08月22日(土) - 平岡駅から熊伏山(1)

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2017年04月23日(日) - 大井橋から愛宕山(往復)

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左:大井橋の下方で中ノ尾根山から流れ出た水窪川が天竜川に合流
右:水窪川に架かる赤い鉄橋が大井橋、左は浅間山(540m)、右奥は竜頭山

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西渡駅(にしどえき)
八丁坂(塩の道・信州街道)

この地区は古くから天竜川の「港町」として塩をはじめ、酒、味噌、醤油等の生活物資が荷揚げされ、水運と陸運(信州街道「塩の道」)の結節点として重要な位置にあり、「宿場町」として栄えました。
ここに陸揚げされた塩やその他の物資は、背負子(しょいこ)に荷棒(にんぼう)を杖代わりにした「浜背負い(はましょい)たち」により、急峻な塩の道「八丁坂」を明光寺峠の荷継場まで運んでいました。

山香地区地域活性化対策委員会


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八丁坂

現在の国道152号線が完成されない以前信州と相良を結ぶ物資交流のみちとして天竜川を上下する船から荷揚げされた水窪方面への荷物は「浜しょい人夫」によりこの坂を峠の荷継ぎ場迄運ばれたと言われている。


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明光寺峠

この峠には米酒塩等の荷継場がありかつては文■及び清次郎と■■の茶屋もあったと言う。また交通量は1日約50頭の荷付馬と約30台の荷車が水窪通ひをしたというが荷車は長さ■■■2尺5寸と小さく山道用として工夫されており4台に3俵■度運搬したようである。


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撮った画像をスライドショーにしてあります

朝:袋井 (274)ラーメンショップ袋井店(並550円麺かため)
燃費:174.8km 5.33L 32.79km/L(4/19山の帰りに給油後、通勤2日、大井橋往復)

2016年11月12日(土) - 上百古里(すがり)から本宮山(往復)

午前中仕事で、午後から近くの山に出かけた。上百古里に来たのは8年ぶり。すっかり道を忘れていて土砂崩れの後、左にカーブして左に入るところで200mほど直進して谷を詰めて「あれ?何かおかしいな」と気が付き戻った。天竜から上百古里は行くまでが大変。今もここには住んでいる方はいる。ちょっとした秘境です。そして本宮山からの眺望は期待を裏切りません。

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左:上百古里から林道光南線に入り橋を渡ってすぐ右折、そこから歩く
右:何年か前の土砂崩れ
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左:本宮山奥の院、小国神社分岐
右:さざんかかな?
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左:本宮山奥の院
右:虫生(むしゅう)の谷
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左:手前は新東名の天竜川橋、中央奥やや左の輝きは佐鳴湖、奥に遠州灘
右:新東名の天竜川橋、右奥は雄踏の養鰻場かな?
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左:浜松駅前のアクトタワーとマンション群
右:今切口の浜名大橋、本宮山から直線距離で36.7km
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左:本宮山は敷地川の源頭にあり虫生(むしゅう)の谷を経て太田川に流れる
右:後ろに続く子供に早く下りて来い!と言っている


親カモシカ

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左:親カモシカは警戒心強く茂みに隠れて小カモシカを待つ
右:小国神社への下山道
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しばらくすると小カモシカが下りてきた!ブログネタ的に美味しい(^^)
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左:山頂を後にし、上百古里に戻る、高塚山分岐
右:ここが敷地川最初の一滴の場所
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左:中央の横長の稜線は光明山
右:天神山と竜頭山
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左:一番奥のMは明神山、本宮山-光明山の直線上にあるので間違いない
右:登ってきた稜線、中央右の山肌はは上百古集落の茶畑

「すがり」の発音は「うがい」「いない」と同じで2つ目の「が」を強く読む
プロフィール

swg

Author:swg
2008年10月から山歩きを始めました。宜しくお願いします。

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